群馬リハビリテーション病院 リハビリテーション部です

回復期リハ病棟156床。通常のリハビリに加え、早朝リハビリも施行。さらにHAL、歩行アシスト、足首アシスト、IVES、REOGO-J、Walkaideなどを中心とするロボットリハも駆使し、多くのリハスタッフで患者さんを担当させていただいております。

今日は当院、開設記念日です

 当院は今日で58歳。名前が変わってから7年。

 納涼会などが自粛されたためか、今年は誰も何も言いませんが、病院は58歳になりました。

 

昔話1

 私が来た25年前は300床あり、1年半くらい入院している患者さんが沢山いらっしゃいました。

 

 変わっていたのが、屋外歩行イベント。

 入院患者さんや付き添いさん、看護師、リハ職員など、大挙して外に出かけていました。

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 新人の私は率先して先頭に近いところを誘導し、2km先の折り返し地点で待機するという楽な役回りをしていました。

 

 帰ってくると当時の上司が、坂道で車椅子の患者さんを押し上げています。顔を真っ赤にして十数名の車椅子患者さんを病院まで押し上げたとのこと。

 でも当時の上司からは、それについて咎められる事はありません。

 

 当時から自由な雰囲気で、一理学療法士としてお互いに尊重して仕事をさせていただいていたように思いますが、上司はもっと体力的にも敬うべきだったかもしれません。

 

昔話2

 京都かどこかの学会で発表したものですが、決定木の説明をするのに、以下のモデルで説明しました。

 

 西日本だったので、ほとんど受けませんでしたが、関東近県であればグンマーとともに受け入れていただけたのではないでしょうか。

 

 学校の授業前のあいさつは、起立、注目、礼であるという選択枝や、運動会の団分けは、赤城・榛名・妙義などの山の名前が付いていた・・などを今なら増やしても良いのかもしれませんね。

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昔話3

 今会議室、温泉棟があるあたりは、昔中庭がありました。

 

 中庭には、桜の木が一本あった覚えがありますが、

 その前で、茶道部が主催してお茶会を開催したことがあります。

 

 その後の片付けで、リラックスした表情で写っています。

 OT室長、元PT室長、わたしです。

 今いない人にはモザイクを掛けました。古い方はご存じでしょうが、みんな若くて誰だかわからないかもしれませんね。

      

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 59年目も変わらぬご愛顧を、宜しくお願いいたします。

 

                        記事:リハ部長さかもと