群馬リハビリテーション病院(旧沢渡温泉病院)リハビリテーション部です

回復期リハ病棟156床。通常のリハビリに加え、早朝リハビリを施行。HAL、歩行アシスト、足首アシスト、IVES、REOGO-J、Walkaideなど、ロボットリハも稼働中。多くのリハスタッフで患者さんを担当させていただいております。

温熱療法としての入浴

 2500年前、医学の祖ヒポクラテスは健康維持には「食事と運動」と説き、エーゲ海で温泉治療、温冷浴を行っていたといいます。

 温泉治療のエビデンスレベルが高い報告はあまりないようですが、これは温泉の泉質や温度が地域で異なり、一定の介入結果が出にくいことが考えられます。しかし温泉治療は温泉という以前に温熱療法と考えられますので、この温熱療法について最近の議論を見てみたいと思います。リハビリに関連した温熱療法ですので、腫瘍を対象としたハイパーサーミア等の話ではなく、ホットパックや入浴による温熱を考えてみたいと思います。

 BDNF (brain derived neurotrophic factor:脳由来神経栄養因子)は神経細胞の発生や成長、維持、修復に働き、さらに学習や記憶、情動、摂食、糖代謝などにおいても重要な働きをするタンパク質ですが、近年、アルツハイマー病やうつ病、糖尿病、肥満症患者において、脳内や血液中のBDNF水準が低下する事が報告されています。これらの疾患に対する治療手段の一つである運動が、BDNF水準を上昇させることは以前から言われていますが、運動だけではなく多くの因子がBDNFを調節しています。42℃の温水に顎下まで浸かり20分の安静座位をとると、

 浸水直後と、15分後に血中BDNFが上昇したとする報告があります。この報告で温浴は脳障害や認知症代謝性疾患の治療応用にも期待できるとされ、温熱療法の新たな可能性を示しています。

 深部体温と概日リズムの報告もあります。アルツハイマー認知症の患者さんを就寝2時間前に入浴させます。すると睡眠潜時の短縮、睡眠後半の睡眠効率の改善、中途覚醒時間の減少がみられ、BPSD(認知症に伴う行動・心理症状)に対しても良い影響を及ぼします。医療機関などではこれをそのまま使うのは難しい場合もありますが、概日リズムの乱れた認知症患者さんの入浴時間を夕方に変更するなどの工夫はできると思います。

 シャワー浴と全身入浴の比較では、後者が深部体温に大きく影響を及ぼし、熱ショック蛋白も多く産生するとした報告もあります。全身入浴はシャワー浴と比べ、疲労感や筋肉痛が入浴2日後に有意に低下するとされ、日々の体温上昇も容易にさせます。

 家庭用浴槽と温泉大浴槽の違いについて言及した報告もあります。二つの浴槽で入浴後深部体温を計測すると、大浴槽の入浴後に深部体温が高いとしています。また、最高動脈血流速度も有意に増加しており、末梢血流促進にも大きな浴槽での入浴は効果が高いようです。

 温熱負荷は筋活動を併用すると筋萎縮を抑制する効果を認め、運動前に加温をしておくことで、廃用症候群に対し運動負荷を従来よりも小さくしても、筋肥大につながる可能性があるとする報告があります。また、運動前の温熱刺激は筋疲労耐性を向上させたとする報告もあります。このことは運動前の温熱刺激が筋力トレーニングなどの筋疲労を伴う訓練の際、前処置(プレコンディショニング)として有用であると考えられます。従って、運動前の筋肉に対する加温は、筋肉を疲れにくくし、さらに従来よりも軽負荷で筋肥大につながる可能性があり、汗をかきやすくなることを除けば、運動前の筋加温はいいことづくしで、準備運動の意義もまさにここにあります。準備運動で筋自らの体熱産生を促すことだけではなく、当院であれば温泉療法などの物理的な加温を促すことも比較的容易にできます。

 通常、歩行時には膝関節軟骨で4MPaの圧縮刺激を繰り返しています。生理的範囲を超える圧縮ストレスは軟骨に損傷を与えることが知られており、軟骨細胞がアポトーシスを引き起こすストレス閾値は15~20MPaと言われています。膝変形性関節症の関節軟骨は変性のため、正常な関節軟骨よりも力学的強度がさらに弱いとされます。基礎研究では温熱によって産生される熱ショック蛋白(HSP)が軟骨細胞のアポトーシスを抑制することが指摘されており、温熱の疼痛緩和効果も合わせ、運動療法との併用は有用だと考えます。実際の運動方法としては、入浴時に体が軽く温まったところで、両足をバスタブの前方の壁に踵をあてて、膝を軽く曲げた状態でリズミカルに蹴りの動作を行います。蹴りは痛みが出ない程度の強さでゆっくり30回程度行います。こうすることで関節軟骨の破壊を抑制しながら膝周りの筋肉を鍛えることができます。これを俗にニューヨーク(入浴)エクササイズというらしいことは内緒にしておきたいと思いますが、筋力強化と温熱療法により相乗効果が期待できます。

 慢性心不全患者に対しては、鹿児島大学で和温療法が提唱されています。これは低温サウナを用いた心不全改善プログラムで、60℃に設定された乾式遠赤外線サウナ装置を用い、15分間で深部体温を約1.0℃上昇させます。サウナから出て、約30分毛布に包まり温熱効果を持続させ、最後に発汗に見合う量の水分を補給します。NYHA心機能分類Ⅱ及びⅢ度では、運動療法が困難な場合が多いですが、2週間の和温療法の施行で心拡大、BNPの有意な減少、血管内皮機能(%FMD)の有意な改善が得られたとしています。和温療法の継続反復は、末梢血管での血流増加を促し、ずり応力増大に伴う血管内皮での一酸化窒素合成酵素の発現を増加させ、血管内皮機能を改善させるとされています。

 また、脳卒中片麻痺下肢の筋痙縮に対して、全身浴や足浴を用い、筋痙縮を軽減させたという報告があります。お湯による加熱に限らず、ホットパック等の温熱刺激を用い、下腿筋緊張の緩和後に行う歩行訓練は、動作を行い易くすることができ、より楽な歩行を学習できる可能性もあります。

 様々な温熱療法の意義について見てきました。温熱は古くから用いられていますが、老年症候群に加え、廃用症候群が合併している症例が増えており、軽い運動負荷に合わせ温熱負荷が有効なのかもしれません。

 

 3年前に作成したものです。医家向けに書いていますので、一般的には少し難解かもしれませんが、日本人に温泉は必要ですので上手にご利用ください。

 

                            記事:さかもと